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2011年2月 4日 (金)

図説絶版自動車

先日、「図説絶版自動車」(下野康史、講談社プラスアルファ文庫、初版2006年)という本を購入し、読んでいます。

この本では1960年代、18970年代、1980年代それぞれのクルマを46台、筆者が所有者の元を訪れ、試乗して感想をまとめたものです。その中には僕の最初の愛車、ホンダバラードスポーツCR-X1600Siも掲載されています。

この本を読んでいて、ふと考えました。いつ頃からクルマに興味を持つようになったのだろうと。小学生の頃、僕のひとつかふたつ下の子が、登下校の時に、見かけるクルマの名前を次々と言っていましたが、僕には全然わかりませんでした。

親戚のおじさんが乗っていたカローラスバル360シビックの名前は知っていました。それと丸いテールランプのスカイラインフェアレディZセリカは形を覚えていました。

しかしきちんと名前を覚えたのは、確か小学5年生の時だったと思います。その時に作ったプラモデルの「サニーエクセレントクーペ」。モスグリーンの車体はその形に似合わずやけに地味に感じたものです。

中学一年の時、隣のクラスの担任が乗っていたのが、なんとも不思議な形のクルマでした。まるでリアサイドの窓を埋めたような、猫背な感じの白いクルマ。チェリークーペでした。ちなみに僕の担任は二代目カローラに乗っていました。

その後バイクにのめり込んでいったので、あまりクルマに興味を持つことはありませんでした。それでも多少はクルマの名前も覚えましたけどね。

僕がクルマの免許を取ったのはハタチの時です。

免許は取ったものの、しばらくはバイクで十分だったので、すぐにはクルマは買いませんでした。まわりの友達はぼちぼちクルマに乗り始めていましたが、もっぱら乗せてもらう立場。それでも来るべき時に備え、何にしようか検討していました。

当時バイクの面倒を見てもらっていた、バイク屋をやっている友人がFRのジェミニにソレックスだったかウェーバーだったか、とにかくキャブを替え、ワタナベだったかフォーミュラだったか、とにかく黒いバナナスポークのアルミホイールを履いて乗っていたせいか、僕も最終型のジェミニZZ-Rに惹かれていました。また、当時はまだごくたまにジェミニの先祖、ベレットGTRが普通に中古屋の店頭に並ぶ時代でしたので、ベレG-Rにも惹かれました。また、ランサーEX1800GTターボインタークーラーも好きなクルマでした。なんとなく傾向がわかるでしょ?どちらかといえばラリーで活躍するような硬派なFRが好きだったんです。FRといえば、未だ人気の衰えないAE86。だけど僕はどちらかといえばその前のTE71が好きでした。しかも3ドアハッチバックのレビン/トレノより2ドアクーペのGT。

しかし、結果的には先に書いた通り、バラードスポーツCR-X1600Siを最初の愛車に選びました。テンロクスポーツの中でも群を抜いて速く、ゼロヨンならもっと排気量の大きなクルマにも負ける気がしなかった、僕にとってのちっちゃなスーパーカー。

CR-Xを約12万キロ乗った後は、いよいよあこがれのFR、しかもオープン、ユーノスロードスターです。CR-Xもほぼ二人乗りだったので、純粋な2シータ-でも全く抵抗ありませんでした。

そして三代目の愛車は、がらりと方向転換して7人乗りのミニバン、MPVです。オートマも営業時代はさんざん乗りましたし、奥さんはオートマのAE92に乗っていたので、オートマ自体は初めてではありませんが、日常的に乗る愛車としては初めてです。とは言え、本当によく乗りました。これまでの愛車たちの中で一番走行距離が多いです。

さあ、そして次の愛車はMSアクセラ。ひさびさのマニュアル。そして初めてのターボ。納車まであと10日足らず。ホント、待ち遠しいです。

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