« 地震その2 | トップページ | 地震その4 »

2011年3月15日 (火)

地震その3

僕の住む地域は、岩手や宮城、福島ほどの被害はありませんでしたが、地震の爪痕は残っています。クルマでちょっと走れば、崩れ落ちた大谷石の塀、落ちた屋根瓦の破片、そしてブルーシートで覆われた屋根。墓石もずれたり倒れたりしています。

家から数百メートルの所に地割れを見つけました。

_01

_02

道のほぼ中央に2列に裂け目が出来ています。クルマはもちろん通行できません。恐らくこの地割れをまたいで通行しようとすれば横転するでしょう。一番左右の高低差があるところは、下の息子の腰くらいの高さがありましたから、50センチくらいはあるでしょうか。裂け目に足を入れて低い方に座ると、高い方がちょうど学習机よりちょっと高いくらいです。「勉強できるよ」なんて息子は無邪気に言ってますが、この道路、普段もよく使うので、いつ通れるようになるかが気になるところです。

僕の奥さんは花屋でたまに働いていますが、今日はお店をやるとの連絡を受け、午前10時から4時間店番をしましたが、断水が続いているので、花の水に苦労していました。我が家は水が出るので、僕がバケツに水を汲んで届けました。それでもこんな時だからこそ花でも飾ろうというお客さんが何人もいたそうです。

そのお店はスーパーの一角を借りて営業しているので、ついでにスーパーで食料を仕入れました。日持ちしてすぐに食べられそうなもの、ラーメンやレトルトカレーなどはほぼ売り切れ状態です。飲み物も1.5リットルや2リットルのものはほとんど残っていませんでした。トイレットーペーパーやティッシュなどを手にしている人もたくさんいました。皆かごいっぱいに買い物をして帰ります。

ガソリンスタンドにも長蛇のクルマの列が出来ていました。2キロくらいの渋滞の元がガソリンスタンドだったりもします。近所の数カ所のスタンドはどこも午後には完売となっています。

食料品もガソリンも配送出来ずに品薄になっているのはわかります。買い占めを批判する書き込みをいくつかWeb上で見かけました。僕は仕方がないと思います。いつ日常にもどるのかわからない状況ですから。僕も地震の翌日、近所のコンビニが営業していないため、結果的に家から30キロ近く離れたコンビニでやっと数個のカップラーメンを手に入れることが出来ました。お金があっても買えない状況なんです。買えるうちに買っておこうというのもしょうがないと思います。それを転売して儲けようなんていう奴がいればそれは別ですが、今後いつこれまでのように配送されるようになるかわからない現状では、少しでも備蓄し、備えなければなりません。子供達に食べさせなければなりませんから。買い占めではなく、買いだめです。

足りないものがあって近所のスーパーへ出かけました。そのスーパー、天井の一部が崩れ落ちていました。地震のあった時間は午後2時40分過ぎ。崩れたところはレジの真上。レジ待ちのお客さんに破片が直撃していなければいいけれど、と思わずにいられません。

それでも思うのは、日本人はこのような状況でもちゃんとしていられるんだな、ってこと。ひょっとしたら略奪さえ起こりかねない状況であるにもかかわらず、ちゃんと並んで買えるものだけを買う。国が違ったら閉店中のコンビニを襲ったりするところもないとは限りません。

しかしこんなことを考えられるのも、またそれをブログに書くことができるのも、普通に家があり電気が通っている部屋にいて食事や睡眠がきちんと取れているからですね。奥さんのお母さんは一晩だけですが避難所で過ごしました。テレビの避難所の映像でよく見かける安心米にお湯ではなく水を入れたものが配給されたけど固くて食べられないと文句を言っていました。幸い翌日には帰宅できたので一晩食事を抜いただけで済みました。それに寒くて眠れないとも言っていましたが、被災地の皆さんはこんな生活を3日も続け、今夜4日目の晩を過ごしています。明日は今日までの春の陽気からまた冬の寒さに逆戻りです。肉体的にも精神的にも参ってしまわないようにと祈るのみです。

明日も仕事は休みです。子供達は今週いっぱい学校は臨時休校です。明日もテレビからは発見されたご遺体の数、そして福島第一原発の状況が流れてくることでしょう。とにかく一刻も早く、みんなで日常を取り戻しましょう。

|

« 地震その2 | トップページ | 地震その4 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 地震その3:

« 地震その2 | トップページ | 地震その4 »